塗料の歴史

塗料の歴史について書きますと、膨大な文字数・難しい言葉がたくさん出てきますのでここでは

『簡単に!』『分かりやすく!』

ご説明していきます。なんとなくでも塗料の歴史について知って頂けたら幸いです。


塗料の始まりといわれているのは、紀元前5000年前といわれております。


いきなり紀元前5000年前っていつ!?


って話なんですけど...笑

それが分かるのが古代遺跡を発掘した際に、出土した土器や武器から塗料が使われていることが判明するんですね。

当時の土器や矢尻と矢柄を固める際(武器)や蔓で編んだ籠などに『漆』が塗られていたんです。

漆というのはラッカー塗料(一般的には無色または着色された塗料の一種であり、溶剤を揮発させることによって乾燥すると硬くて耐久性の高い塗面を与え、磨き上げることによって非常に強い光沢と深みが得られる)の一種とされていて、漆が最初の塗料として使われていることがこの時に発見されるんですね。

これは能登半島にある古代遺跡から発見されたそうなんですが、本来はそれよりも更に2000年前の紀元前7000年前

それは、北海道にある「垣の島B遺跡」というところで、塗料のルーツといわれる黒漆赤漆塗られた椀が作られていたそうなんです。


お椀!?それよりも2000年後の能登半島の遺跡からは土器とか武器とかだったのに、お椀!?しかも既に2色使い分けて!?北海道の方が進んでたのー!?


ってなりそうですが私にもそこら辺は分かりません(笑)


そこから進化を遂げるのは、数千年後の景初2年。


いつ!?景初!?笑


ってなる気持ちも分かりますが、卑弥呼の時代といえば分かりやすいと思います。

この時、魏(当時、魏・呉・蜀の3つに分かれていた中国の1番大きいのが魏)の王が卑弥呼に贈った贈り物の一部に『鉛丹えんたん』と呼ばれる物が含まれていたそうです。鉛丹とは四酸化三鉛 (Pb3O4) を主成分とする赤色の無機顔料のことで後の人工顔料精製にも大きく関わってきます。

魏志倭人伝(学生以来に聞きました笑)には、「男子皆黥面文身、以其文左右大小、別尊卑之差」と書かれており、「男子は皆が顔や体に入れ墨をして、その文(入れ墨)の左右や大小で、身分の上下を区別する」と訳すことが出来、この当時の男性は皆顔や身体に入墨をすることで身分の上下関係を区別していたというんですね。しかも既に、

「赤2色・青2色・黄色1色」

という5色の色を使い分けていたとされているんです。この時代がどんな時代だったかタイムスリップして見に行ってみたいですね!


そして推古天皇時代まで飛びますと、あの五重塔で有名な法隆寺の堂塔木部に「丹(に)塗り」という塗装が施されるんです。

丹塗りとは赤い色の顔料に用いる赤土や朱で塗ることとされています。当時魔除けの意味も込めて塗られていたそうなんです。

どうやって塗ったの?と思われますが既にその前には刷毛が存在していたとされ、その技術は現代の技術に引けを取らないとまでいわれています。


ぜひ集まって頂きたい!!!!笑

お目に掛かりたかったものです・・・


そして、時代は奈良・平安・鎌倉時代に突入していきます。

この頃になると社寺建築には、たくさんの土壌顔料が使われ顔料の種類も増えたことから色の種類もたくさん増えてきました。

この時代の書物に麻柱(あななひ)という言葉が残されていて、高いところに登る足がかりとしての意味があることから足場の最古の言葉だといわれております。

この時代に作られたのが修学旅行でもお馴染みの『奈良の大仏』です。この奈良の大仏には人工顔料として初めて『緑青 ろくしょう』が使用されます。緑青とは現代では銅合金の着色に欠かせない素材となっていて、銅像においては、むしろ緑青独特の色を美術的にも効果的に取り入れていて、銅板の表面に皮膜を作り内部の腐食を防ぐ効果や抗菌力があるとされている程です。この頃は銅山で銅を採掘し、「緑青・紺青 こんじょう」が作られていたとされています。

そして人工顔料の他にも動物・魚の骨・皮を煮て作られる粗製ゼラチン(膠 にかわ)の水溶液(有機タンパク質でコラーゲンが母体)に弁柄、鉛丹(ここで出て来ましたね)、朱、黄土、緑青、胡粉(貝殻の粉)を混ぜる事で木部に塗っても塗料が剥がれづらく、膨れ等も生じにくいといわれ、塗料の記録である古代法典「延喜式」には、膠を用いた塗料配合が記録されており、これが日本最古の塗料が配合された記録と言われています。

この技術がある人物の登場で更に進化し現代でも語り継がれるものとなるのが出来るんです。

その人物とは、そう!!


『豊 臣 秀 吉』


なんです。天下の猿将といわれたド派手大好き、後の大天下人です!!!

その豊臣秀吉の象徴ともいえる『聚楽第』がまさに塗料の技術をこれでもか!というほど施されていたんです。

ド派手な色彩感覚にトドメは金箔を貼るというお祭り騒ぎ(笑)もう目がチカチカして痛かったでしょうね!笑


秀吉は他にも大坂城 ・伏見城といった有名な城も築造していました。建てた城全部金にしてたらどうなってたんでしょうね(笑)

これが室町時代から安土・桃山時代です。


全然桃感ゼロ!!!!笑


そして時代は江戸時代に入っていくのですが、この江戸時代にも大きなことが起こります。

まず、この時代に「漆塗りの象徴」ともいわれる日光東照宮が建立します。

そして顔料の輸入も始まり人工顔料の誕生によって色味も出せるようになったり、「刷毛」を作る職人集団が現れてきたりと塗料・塗装が盛んになってきていました。ある人物の登場により塗料・塗装の世界に衝撃を与えることとなるのです!!


その人物とは・・・・海の向こうからやって来たんです・・・

そうです。黒船の来航といえばこの方・・・


『ペリーさん』です!!!!笑


そうです。皆様ご存知ペリー提督です。それまで徹底して鎖国をしていた日本をこじ開けようと海の向こうから黒いゴツい船に乗ってやってきたんです。もちろん抵抗もしました。しかしペリーさんは強かった・・・笑

このまま支配される〜〜〜〜!

と、思っているとペリーさんはあるものを幕府に提供するんです。それが現在でも使われている最初の

『油性塗料(溶剤塗料)』

なんです。ペリーさんが、幕府役人と会見した際、談判所(横浜 本覚寺境内)に江戸の「漆職人 町田辰五郎」を呼び、そこでレクチャーを受け塗装したのが日本で一番最初の油性塗料の塗装とされています。(諸説有り)


このアメリカの影響を受け、怒涛の展開を見せる明治時代へと入っていきます。

明治時代以降とてつもない量の塗料開発・発売になってきますので、細かい塗料の名称や説明は省きます!笑

気になる方は是非塗料メーカー全社の歴史と時代の歴史を照らし合わながら調べてください!笑


明治時代になると塗料の開発はもちろん多くの塗料メーカーも誕生してきます。

明治時代に誕生した会社をまとめますと

茂木兄弟、田川謙三、光明丹、橘清太郎というメンバーが海軍塗工長 中川平吉の協力を得て、「共同組合光明社」を設立します。これが今や大企業である後の日本ペイント(株)なんです。

・日本刀の鞘を漆で塗装する職人である鞘塗師の子として生まれ、唐木細工を学んだ日本の彫刻家、漆工芸家、発明家とされる堀田瑞松がサビ止め塗料で日本第一号の特許を取得するんですね。この方が漆特殊塗料工場を設立します。これが現在は関西ペイントグループではありますが後の日本化工塗料株式会社なんですね。

・ドイツの人気塗料メーカー『オスモ』もこの時代に創業します。

・エナメル塗料を開発した川上保太郎もこの時代に出てきます。この方が後の川上塗料製造所、現在の川上塗料創業者となります。

ざっくりまとめるとこんな感じです。

次にこの時代に誕生した塗料をご紹介していきます。

明治時代ともなると海外からの輸入も増え、開発される塗料も非常に増えてきます。

まずはセラックニスです。「セラックニス=酒精ニス」と呼ばれアルコールを用いたニスが誕生します。これを開発したのが川上塗料創業者でもある川上保太郎と仲万兵衛という方でした。しかし当時はこのニスが非常に高価であり一つ12.7キロ入って約3円だったそうです。


3円?安くない?


と思うと思います。違うんです。明治5年の銀座の坪単価が5円とかの時代です。令和2年現在の銀座の坪単価9301万8782円です(笑)

・・・言ってる私が比較出来ないので大丈夫です!笑

要はめちゃくちゃ高かったとさえ認識して頂ければ大丈夫です!笑


次に油性塗料の開発も進んでいたおかげで国産原料による塗装現場で希釈する必要がないペンキ=洋式塗料「ペンキ(油顔色)」が完成しました。こちらは茂木兄弟のお二方が完成させました。これにより塗装業界は加速していきます。

防火塗料調合ペイント(外部の木部や鉄部の塗装に用いられる不透明仕上げの油性塗料の事です。)、エナメル塗料(エナメル塗料はラッカー系の塗料のように溶剤が揮発することによって塗装膜ができるのではなく、顔料の樹脂が空気と反応することによって塗装膜を形成します。乾燥が遅い。)などが誕生してきます。そして日清・日露戦争後、ボイル油・固練りペイント(亜麻仁油が主成分)・油ワニス・船底塗料が普及していきました。明治時代ではまだまだラッカー系塗料、ニス系塗料が流通の要でした。


そしてそこから世界的な大戦争時代であり高度経済成長時代、バブル崩壊と激動の大正・昭和といわれた時代に入っていきます。


ここまでだいぶ歴史を省略しています!
大丈夫です!笑 
今は令和の時代!気になる事はネットで調べればすぐに出ます!笑


そして大正・昭和時代が塗料も会社も1番増えます!爆発的に増えるので一挙に紹介致します!

まず初めに大正・昭和時代に創業した塗料会社及びメーカーをご紹介します。

東亜ペイント関西ペイント石川ペイント水谷ペイント和信化学工業中央ペイント大日本塗料ロックペイント神東塗料亜細亜工業中国塗料恒和化学大同塗料日本特殊塗料アイカ工業大谷塗料カナヱ塗料ターナーカシュー株式会社スズカファインASペイント日亜ペイント東日本塗料山本窯業菊水化学工業四国化研(SK化研)AGCポリマーボンタイルイサム塗料ヤブ原産業・・・・


多いッッ!!!!!!!笑


本当はもっとあるのですがとても書き切れないので、見たことや聞いたことがありそうな名前に絞りました。

細かい説明がいらないくらいこの時代がどれだけ塗料・塗装ともに盛り上がっていたか分かりますよね。

メーカーや会社がこれだけ創業したとなれば開発・発売された塗料がどれだけ多かったのかということもなんとなく想像して頂けると思います。

後にこの塗料大開発時代が、私のような塗装職人やお客様を困らせるひとつの原因にもなっていくんです。

この時代に関しては一体どんな塗料が世に放たれたかという説明を時代も長い、量も多いので『大正・昭和初期、昭和中期、昭和後期』に分けてお伝えしていきます。


明治時代にはラッカー系ワニス系が中心だったことは説明しましたね?

それが大正・昭和初期になると船や航空機の塗装や塩化ゴム系塗料(現在では環境問題等の理由から廃止されています)の開発や鉄の複合に着目し始めるんです。

第一次世界大戦という時代背景もあって船や航空機への塗料開発が進み、それと同時にワニスも進化を遂げ電気絶縁ワニスを開発し電気の流れを遮る為の樹脂で酸化を防止し、耐熱性にも優れる等の特徴を生み出す事に成功します。

酸化防止・耐熱性といったそれまでとは更なるグレードアップを目指し、塗料の性能向上・品質開発が始まっていきます。

もちろん、ラッカーも進化を遂げ速乾・耐水性といった従来の弱点を改良した塗料も開発されていきました。

ここで新たに黒鉛が主成分の耐候性に優れた塗料(グラファイド塗料)なども出てきます。それに続くようにしてチタン・アルミニウム(銀色塗料)といった物質も新しく登場し塗料の新開発の勢いに拍車をかけました。

様々な物質、原材料を扱うようになってきたので樹脂の開発にも着手し始めます。フェノール樹脂フタル酸樹脂アルキド樹脂シリコン樹脂メラミンアルキド樹脂エポキシ樹脂不飽和ポリエステル樹脂塗料合成樹脂など、様々な物質の組み合わせにより樹脂の種類が飛躍的に増えます。

静電塗装(焼き付け塗装)が行われ始めたのもこの頃で、戦闘機のプロペラや迷彩柄に塗装し始めたのもこの頃です。

更に、不燃塗料、酢酸ビニル系塗料(酢酸とビニルアルコールを有機酸または無機酸のオキソ酸とアルコールまたはフェノールのようなヒドロキシ基を含む化合物との縮合反応で得られる化合したもの)、防カビ塗料など、化学製品が注目される中、食用のカシュー・ナッツの実の殻から抽出されるカシュー・ナッツ・シェル・オイルを主成分とした漆系の合成樹脂なども登場しています。

大量に開発・生産が進むなかで工業標準化法が公布され、JIS規格が誕生したり、建設業法建築基準法建築士法や、公的な塗料・塗膜の専門試験・検査機関(日本塗料検査協会)が設立されたりと、ルールもしっかり作っていきましょう!という流れも出てきました。

現在の礎となることが大正・昭和初期でかなり作られたということが分かってきます。

そして昭和中期になってくると、ビニル系・ビニルエマルション系塗料が普及します。

エマルションとは分散質・分散媒が共に液体である分散系溶液のことです。

よく分かりませんよね笑

塗料もどんどん扱いやすいように進化していますってイメージを持って頂ければ大丈夫です。


昭和中期というのは、塗料の新開発と従来の塗料の品筆改善が同時進行していくような時代になってきます。

新開発でいえば、黒板塗料、合成樹脂エマルションペイント、酢酸ビニル樹脂エマルション(ドイツ由来)、スチレンアクリル樹脂エマルション、長油性フタル酸樹脂塗料(合成樹脂系調合ペイント)、多彩模様塗料(ゾラコート)、長油性アルキド樹脂塗料(SD調合ペイント)、ポリエステル樹脂塗料、ポリウレタン樹脂塗料、ウレタン塗料、塩化ビニル樹脂エマルション、放射線防御塗料、アクリル樹脂塗料、タールエポキシ樹脂塗料(エポキシ樹脂とコールタールを組み合わせた樹脂、エポキシ樹脂塗料よりも耐水性、耐酸性が向上し、可とう性、付着性にも優れた塗料)、エポキシジンクプライマー、アクリル系メタリック塗料・・・


やっぱり多いッッ!!!笑


昭和中期というのは塗料会社が一気に増えたのと、塗装に使う道具も刷毛主流の時代からローラーに変わり、機械の導入も進みましたのでかなり塗装における生産性・生産量が爆発的に増えたんですよね!


このローラーの登場は最初かなり揉めたと、私自身もベテランの職人さんから聞かされていました(笑)

それまで


刷毛が使えてこそ本当の職人だ!!!


って威張ってた職人さんの横で、コロコロと見たことない道具で塗料を塗っている職人さんがいる・・・


ん?何あれ?すげぇスピードで塗ってくじゃねぇか・・・


そうなんです!ローラーで塗れるとなると塗るスピード1日で塗れる面積の量などその差は歴然、もはや開いた口が塞がらない状態だったそうです。

そうなれば皆使いやすい方・早い方に飛びつく訳ですよ。そこで怒ったのがそれまで刷毛塗りに誇りを持っていた職人さん達が


あんなのは職人でもなんでもねぇ!!!!ただの素人じゃああああ!!


ローラーを認めるとなるとそれまでの刷毛塗りの歴史や自分たちの苦労が無駄だったんじゃないかという恐怖に襲われた訳なんです。

でも結局、使いやすいし・めっちゃ塗れるし・速いし・刷毛より疲れないし・・・などの理由から皆使うようになるんですけどね(笑)

ローラーを使うことでそれまでの倍以上のスピードで仕事が進むんですよ。ということは儲かる額も増えるわけです。当時は笑いが止まらない程に利益が出たそうです。

しかし、そんなことは長く続きませんでした。生産性・スピードが上がるにつれどんどん単価を下げられていくことになるんです。

私が塗装業に入った頃には既に金額は下がっていたと思われます。その時代は既に年配のベテラン職人さんが「儲からねぇよ・・・」と愚痴を漏らす時代になっていました。

そんな中昭和後期に入っていきます。

昭和後期になると、ウレタン系の塗料が盛り上がりをみせます。塗装屋さんが使うウレタン系と防水屋さんが使うウレタン系は使用用途や成分が違うことは聞いたことがあると思います。そうです!防水塗料が開発され始め防水用塗料としてのウレタン塗料が増えてくるんです。塗装屋さんが使う塗料としては溶剤系から水性系の塗料の普及率が上がっていきます。フッ素の種類も増えますがまだまだ値段が高い為、需要が増えるのはまだ先のことでした。この時代の大きな変化とすれば、塗装工程に変化があり複層仕上げといった「下塗り・中塗り・上塗り」で仕上げるタイプや、それまでローラーで模様をつけて、仕上げ材を違うローラーで仕上げるといったパターンから単層弾性といった下塗りを塗ってから1回で模様も仕上げも仕上げられる塗料がアメリカから伝わり単層弾性は人気が出ていきます。単層弾性は現在の新築マンションの外壁にも要所要所で使われています。他にもアクリルウレタン樹脂(アクリルポリオールという樹脂とポリイソシアネートという硬化剤を組み合わせたもの)やNAD系塗料(Non Aqueous Dispersionの略で非水分散形塗料のことを指しています。非水ですから、塗料用シンナーを溶剤とした塗料で、樹脂をエマルション化(粒子化)し、分散させたもの)その他にも、下塗り材の改良が進み密着性が上がった下塗り材が出始めます。高度経済成長共に環境破壊・環境汚染の話題も広がり、環境に配慮しようという流れも強まってきます。そんな中、遮熱塗料が出始めたのもこの頃からです。その流れにより、塗料の品質改良が進んでいきます。


そして!

ようやく平成に入っていくんです。平成に入ると新しい塗料開発というよりも、従来の塗料をより環境に優しい塗料・性能をアップさせようという塗料が生み出されます。

この頃から、溶剤の種類も匂いを抑え環境に配慮した成分を新たに加え「強溶剤・弱溶剤」の2種類に新たに分かれたり、「低臭・低汚染・エコ・環境配慮型」といったフレーズの入った塗料や一斗缶も増えていきます。

日本塗料工業会から、塗料産業に関わる化学物質の有害性調査報告書が発表されたことから、塗料自体の有害性や、使用上についての規則もかなり厳しくなっていきます。ですが、それは建前であって現場ではそんな綺麗事だけではいかないことも多いので、事故や労災も多発していたのも事実です。低VOCという文字が一斗缶に表記される塗料が増えてきたのもこの時代です。 VOC(揮発性有機化合物)とは、揮発性があるため大気中で気体状になる有機化合物の総称です。 有機化合物の中で、沸点が50℃~260℃の物質がその対象になります。 これらを吸引することは、頭痛や神経障害など人体に害を及ぼす原因になります。その後も、低汚染・超低汚染と表記された塗料が急増します。

平成から令和現在に至るまでの時代というのは、『環境に配慮した塗料・有害物質を可能な限り除去し安心して使える塗料・臭いが少なく塗っていても人様の迷惑にならない・高耐候・高寿命・低価格』これらが、1番メインに考えられ、開発されていると私自身も感じております。それだけではなくここ5〜6年で塗料の質は格段に上がってきていると感じています。

明治時代の始めに記載した通り、塗料メーカー・塗料の種類が増えた、むしろ増え過ぎたせいで『どの塗料がいいのか分からない・どれを選んだらいいのか分からない・その塗料をどう扱っていいのか分からない』といったせいでたくさんの施工不良を生み、たくさんのトラブルがあったということをしっかり知っておく必要もあります。

令和現在においては、塗料の質・特化性はかなり高いものになってきています。

シリコン・遮熱・断熱・無機・フッ素・撥水・疎水など様々なジャンルごとに昔とは比べ物にならない品質になっています。

ですが、そうしたこともこのような歴史があったからこそなんですよね。

歴史でも有名な孔子、世界3大投資家ジム・ロジャーズもいっていたように歴史を知るということは大事であり

『歴史を学べば、未来が(だいたい)予測できる』

ということなんです。


現在でも、たくさん企業があります。たくさん塗料もあります。

1番大事なのは

『塗料に詳しく良い塗料をきちんと扱い施工出来る人かどうかを見極めること!』

ということです。

営業と施工者が分かれている際、特に注意すべきなのは、営業が良い提案出来ても、扱う施工者がしっかり施工出来るだけの知識・技術を施工出来なければ全く意味がないんです!施工出来るだけの条件が揃っていなければ手を抜かれるんです。


かなり簡単ではありましたが、少しは参考にして頂けたでしょうか?

長い文章を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました!!